固定観念
玄関に飾った注連縄。確か松の内が過ぎたら外さんといけんのよなと思って、はたと “松の内っていつまで?”と首をかしげる。たぶん去年も同じように考えたはずなのに覚えとらん (大丈夫か、自分) 。ネットで調べてみると、概ね7日、昔からの習慣が残っとる所では15日までらしい。でも伊勢周辺では、年中飾ったままとか。ま、伊勢はいいや。
そういえば、隣の隣の部屋に (たぶん独りで) 住んどる大家さんの玄関には注連縄も松飾りもなかった。マンションの入り口にもなんにも正月らしいもんはなかったし、そういうことには関心がないんやろか。かなりの高齢なはずなのに。たぶん、70歳ぐらいかな。
そこではたと、“もしかしたらクリスチャンかも” と考えつく。日本人やからって、みんながみんな正月を同じように祝うわけやないもんな。ま、真相は訊いてみらん限り分からんけど。
そんなことを思いつくひとつのきっかけになったのは、この前のクリスマス。米国籍を持つ某女史と話しをしとって、「私はユダヤ教だからクリスマスは祝わない」って言われて、恥ずかしながらその理由が分からんやった。
ネットでこそっと調べて、それは判明したんやけど、自分も含め大概の日本人て宗教や伝統とかに無知というか無頓着というか。注連飾りにしても、ただ幼い頃から家でしとったからしとるだけで、その意味とか考えたことないもんな。最低限のことぐらい勉強しとこーっと。意味が分かってやるのとそーじゃないのとじゃ、また心持ちも御利益(?)も違うかもやし。
まあ、今の御時世、ネットで調べれば大抵のことは分かるけど、出来ることなら、ばあちゃんやらに聞いて教わりたかったなあ。もう父方も母方も祖父母はおらんけどさ。そんで自分が年寄りになった時に、そんなことを子供に伝えられるじいちゃんになりたいかも。伝える子供って、いったい誰の子よ?ってのはまた置いといて。

