不発弾処理
ツレは朝もはよから同期の友達とTDLへお出かけ。お金もったいないし、3連休なんかにわざわざ行く気にもなれんから、自分はお留守番。
だって、今まで平日にしか行ったことないし、その平日でも人が多いと思うのに、連休なんかに行ったらマジ切れ確実。てことで、連休最終日はひとりでの~んぶりと過ごす。
そんな連休最終日、大阪では太平洋戦争時にアメリカによって落とされた不発弾の処理が行われ、無事終了したらしい。まあ、大阪という都会やったから大きなニュースになったんかもしれんけど、今でも沖縄では年間600件以上の不発弾処理がある。でも、そんなのニュースにはならん。

自分が初めて沖縄に遊びに行ったのは、一昨年の1月のこと。5泊6日の一人旅で、一発で沖縄に惚れてしまった。でもそうそう遊びには行けんから、その後はその悔しさを埋めるように沖縄についての本をいろいろと読んだわさ。
そんな本を通して沖縄のことをいろいろと知ったわけで、不発弾処理のこともその一つ。やから、大阪の大騒ぎはニュースになるのに、いまだにたくさんの不発弾が発見される沖縄のことがニュースにならんのは不満。ちょっと贔屓目かも?
でも、自分が太平洋戦争時の悲惨な沖縄戦の事実をちゃんと知ったのは、最初の沖縄旅行の時。そう、たった3年ほど前のこと。学校の授業じゃ、沖縄戦のことなんかさらーっと流す程度で終わったし。
その最初の沖縄旅行では、ひたすらドライヴしまくり。だって、本土に比べればすんごいぬくかったとはいえ冬やったから泳げるわけもないし。でも逆に泳げん分、いろいろと回れて、夏に来るよりもじっくり沖縄を堪能できたかもしれん。

そんとき訪れたとこの一つが、沖縄県平和祈念資料館。やっぱ行っとかんとね、ぐらいの気持ちで行ったのに、いざ入ってみれば、もう途中から言葉をなくすくらいの衝撃をくらって、思わず・・・。唯一の地上戦があったのは知っとったけど、あんなに悲惨で残酷で非道なもんやったとは知らんやった。
広島や長崎の原爆については、なんども平和授業で話しを聞いたけど、ある意味、原爆に匹敵するくらいの衝撃が沖縄戦にはあると思う。でも、それがあまり伝えられてない気がする。俺が知らんやっただけかなあ。どちらにせよ、それまで知らんやった自分を振り返ると無知っちゅうのは怖いなと思う。

資料館の前に広がる平和の礎 (いしじ)。沖縄戦で亡くなった方々の名を刻んだ刻銘碑が立っとる。軍人だけでなく民間人も。そして、日本人だけでなく、沖縄戦で亡くなったあらゆる国の戦没者の名前がある。もちろん、敵国だったアメリカの兵士の名も。そんな敵も味方も関係なく作られた刻銘碑は、世界中探しても沖縄にしかないらしい。
