ぼーーーーっが足りん

ぼーっとしたい。
ぼーーっ、が圧倒的に足りん。
昔はもっと、ぼーーーっとしとったのに。
朝晩の通勤電車の中で。
毎日変化のない窓からの景色を眺めながら、ぼーっとする。
街角で。
いつも遅れる相手を「またかよ」と待ちながら、ぼーーっとする。
独りぼっちの部屋で。
晩飯食べて、おもんないテレビ消して、ぼーーーっとする。
平日の二丁目で。
隣の人とも店の人とも話すような感じでもなく、ぼーっとする。
圧倒的に昔のほうが、ぼーーっとすることが多かったやんな。
もちろん昔も、そんなときは文庫本読んだり、人間観察したり。
ふと思い出した人に「元気やろか」と思いながら電話してみたり。
いまじゃ、まずiPhoneをポッケから取り出してタップしてしまう。
自宅なら、パソコンの蓋を開けて、情報の海に飛び込んでもだえてしまう。
電話なんか、いっちょん掛けとらんし。
もちろん誰かから強制されとるわけやないから、それは自分の意志なわけで。
そこがまた歯がゆい。
電車の中も街中も、iPhoneかケータイがゲーム触っとる人だらけ。
自宅におっても、みんなようついーとしとるし。
なんもほかにすることなくて、ぼーっとする。
すすんで意識して積極的にやる行動ではないけども、
なにが…か、よう分からんけど、俺には大切な時間やった気がする。
いまや努力せんと手に入らんもんなんやろか。
ぼーーーーっとしたい。
みんなも、もっとぼーーーーっとしたらいいんにから。

