○○ねえちゃん

○○ねえちゃんが亡くなった。
オカンの妹、自分からすれば叔母にあたる○○ねえちゃん。
叔母さんやけど、ずっと「○○ねえちゃん」て呼びよった。
まだ自分が幼いころ、○○ねえちゃん夫婦の結婚式に出席したのをおぼろげに覚えとる。
子供のころは、盆と正月にはたいてい顔を合わせて。
夏休みには大分のおうちに遊びに行って、ちょっと年下の従弟妹たちと遊んだり。
大学の卒業旅行でクルマで友達と西日本周遊したときは、泊まらせてもらって、美味しいしゃぶしゃぶを食べさせてもらったり。
でも最近は、なかなか会うこともなくて。
最後に会ったんは、オトンの何回忌かの法要の時やったやろか。
数年前に子宮がんの手術をしたことは聞いとった。
今年の年明けにも「年末に再手術して、いま自宅療養中」と従妹とLINEでやりとりして。
そしたら5月30日の朝まず姉貴から、そしてすぐにオカンからも泣きながら訃報が届く。
従弟妹たちとも連絡を取り合うと、葬儀は31日の13時から、と。
どうしようといろいろ考えたすえ、○○ねえちゃんを送るために、クルマで帰ることにした。
うちの実家は福岡やけど、そこから1時間ちょっと先の大分まで。
調べたらなんとか間に合いそう。
仕事を片付けたり、帰る準備をしたりして、30日の15時頃に自宅を出発。
あとは、ひたすら高速を駆けて、西へ。
途中、権現湖PA (兵庫県加古川市) でクルマを停めて、4時間ほどの仮眠。
空が明るくなってきたころ、また走り始めて、再びひたすら西へ。

そして法要が始まる30分ほど前に到着。
ぎりぎり間に合った。
そして葬儀、出棺、火葬、初七日が執り行われて、終わったのは18時ごろ。
無事に○○ねえちゃんを見送ることができた。
これも、前の職場におったら帰るのは無理やったかもしれん。
やっぱり辞めてよかったなと思う。
○○ねえちゃん、享年 70。
自分に置き換えると、あと18年の命ということ。
早すぎる。
でも、お骨だけになった○○ねえちゃんを見たとき、思った。
自分もいずれこうなる時を迎えるんよなと。
ちょっとだけ前よりも現実味を帯びて受け止めたような気がする。
10年前のオトンのときは、まだどこか他人事のような気持ちでオトンのお骨を見てたと思うんやけど。
81歳のオカンは、なおさらなんやろか。
自分の妹のお骨を見て、なにを感じてたんやろ。
独り身の自分を案じてくれる姉貴は「私がちゃんと送ってやるけ」と言う。
どうやら、先に俺が逝くことになっとるらしい。笑
まあでも、そのほうがなにかといいよなと思うのは確か。

