18年ぶり

エイサーの稽古に精を出したり、朝まで新宿で飲んだり唄ったり、夜中に押しかけてきた客人と昔話をしたり、そんな、東京都から一歩も出ることなく過ごしよったG.W.のある晴れた日、今日こそは・・・と向かったのは川崎の親戚んち。

親戚といっても、自分との正確な関係はちゃんと把握しとらんで、確か、父方のバアちゃん ( 故人 ) の兄弟の子供だったかなんかで、となるとオトンの従兄夫婦??
まあとにかくよく分かっとらんけど、オトンよりも10歳以上年上やったはず。

小さい頃、うちのオトンは、オレら姉弟をよく親戚んちに連れてってくれた。
特にお正月。
隣町にはいろいろと親戚がおって、でも、苗字もいろいろで、たぶん、 「 この人はこうこうこういう関係で・・・ 」 とか説明してくれたんやろうけど、幼いコの頭に入るわけはない。
こちとらお年玉をもらえれば、それで完了だもの。

でも川崎に親戚がおるなんちゅうことは全然聞いとらんで、初めて会ったのは、18年前の大学受験の時。
ホテルなんぞに泊まらせてくれるような余裕はうちにはなくて、会ったこともない親戚んちにお世話になったというわけ。

その会ったこともない親戚んちまでオレを送り届ける意味もあってオトンも一緒に上京した。
おもろかったのが、オトンが無事任務を完了してトンボ帰りのようにして帰る間際、その親戚のおいちゃんが 「 健ちゃん ( オトンのこと ) も大変やろ 」 とか言って、こっそり1万円の小遣いを渡しよったこと。
うちのオトンも、もう50歳過ぎ ( 当時 ) やっちゅうのに。
おいちゃんにしてみれば、うちのオトンのことを小さい頃から知っとるから、カワイイ親戚のコっちゅう感覚のまんまやったんやろうなあと。

子供のおらんやったおいちゃんおばちゃんは、ふかふかの布団を用意してくれて、おいしいご飯も食べさせてくれて、受験でやってきた遠い親戚の17歳の自分にも本当によくしてくれた。

そんなオレは、何日間お世話になったんか覚えとらんけど、秋葉原行って買い物したり、ひとりディズニーランドしたり、もちろん受験にも行ったけど。

ほいでめでたく受験に合格し、晴れて上京と相成ったわけやけど、それから18年間、会いもしなけりゃ連絡もとっとらんやった。
もちろん、たまに思い出しては顔を出さんとな・・・とか思ったりしたし、オカンが遊びに上京したときはご挨拶に行ったりもしたけど、そん時はたまたま旅行に出掛けとって会えずじまいやったし。
オトンは法事やらなんやらで、たまに顔を合わしとったらしいけど、てことで、18年と2ヶ月ぶりの再会を願って新川崎駅に降り立ち、当時の記憶を頼りにトボトボとおいちゃんちを目指す。
幸いなことに、お茶屋さんを営んどっとって、おいちゃんちは小規模な商店街の中にあったから分かりやすく、ほとんど迷うことなく辿り着くことができた。

あれから18年、おいちゃん夫妻は元気にやっとった。
すぐにオレのことも思い出してくれて、お世話になった当時のことやら、親戚のことやら、
おふたりで行ったたくさんの海外旅行の話やらしてくれて。

でも、18年前には賑わっとった商店街はシャッター通りになり、長年営んだお茶屋も昨年たたんで自宅を建て直し、背が高くて威勢のよかったおいちゃんは、なんだかちょっと小さくなって。
そりゃ、オレも当時のちょうど倍の年齢になるわな、としみじみする。
あれから18年かいな・・・。

「 今度は18年後と言わず、たまに遊びに来まーす 」 と言ってお暇したけど、言ったあとに、18年後っておいちゃん何歳よ・・・と変なこと言ってしもうたかなと反省。
まあ、おふたりにも 「 今度はお嫁さんになる人を連れておいでー 」 とムリなことを言われたけど。
あは。

こういう親戚付き合いって、近すぎるのはアレやけど、たまにあるならいいよなと思う。
姉貴の子供、つまりは自分の甥っ子は今年小学校にあがり、姪っ子が3歳になる。
もう10年ちょっともすれば、もしかしたら受験やらで上京することもあるんやろか。
そん時、もちろんオレは所帯を持っとるわけはないけども、もうちょっと広い部屋に住んどって、親戚のコの世話をしてあげたいもんじゃのー
とか思ったり。

18年ぶり” に対して2件のコメントがあります。

  1. tkt より:

    なんかいい話だなぁ。。。しみじみ(´д`)

  2. みのる より:

    ●tkt
    G.W. 唯一のまともなお話・・・。
    あとはエイサーやって飲んでエイサーやって飲んで・・・。

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