親父
先日あるTV番組を観よった時に、ふと自分の親父のことを思い出した。それは、夫婦と子供5人の家族の様子を追ったTV番組で、ちょうど親父と子供たちだけの夏の旅行に出かけたところ。
番組では、なんとも立派なキャンピングカーをレンタルしてお出かけ。しかーし、思い出に残る旅の予定が、ずーっと大雨やったり、食事はカップラーメンやったり、反抗期を迎えた長男はつっけんどんやったりと、結構大変。でも、そんな端から見るといろいろと心配してしまいそうなことが、当人たちにとっては心に残る思い出になるような気がする・・・よね?

うちの親父も、夏にはよく旅行に連れてってくれた。それも、小学校から高校の1年か2年の時まで毎年欠かさず。電気機関車 (貨物車両やブルートレインを牽引しとるアレ) の運転手やったのもあって、普通のサラリーマンと違い、朝出勤して夜帰宅するよな仕事やなかったんやけど、まとまった休みは取り易かったんかもしれん。
小学校低学年の頃は、当時の国鉄の保養施設に1~2泊っちゅうパターンで、高学年になるとテントやコンロを詰め込んだ自家用車でキャンプ場を転々と4~7泊ほどするというスタイルに。保養施設の旅には一緒に来とった母親も、「化粧も出来んし、おまけに鍵のかからんようなとこで寝るのはイヤ」ってことで、いつしか夏の旅行は父親とふたりの子供の3人旅になった。
運転するのは、もちろん父親ひとり。自分が助手席に座り地図をひざに乗せてナビゲーター役をやり、姉貴はトランクに乗りきらん荷物に囲まれて後部座席っちゅうのが各自の指定席。節約旅行やったからほとんど高速道路は使わず、それでいて毎日2~300km近く走りよったから、今にして思えば、親父も相当疲れたはず。
結局、数年のキャンプ旅行で、九州本土全県はもちろん、四国四県も走破し、中国地方もいくつか巡回。でも、当時はまだアウトドアブームなんちゅーのはまだまだ先のことで、キャンプ場もあんま整備されとらんやったから、砂浜やら川原やらにテントを張ったりしたもの。ある時なんか、適当に見つけた公園で一夜を明かしたら、ゲートボールをしに来たジイちゃんバアちゃんの声で起こされたこともあったり。
食事も、もっぱら携帯簡易コンロで調理という質素なもの。無人の販売所でアサリや野菜を買ったりはしたから、それなりに各地方の美味いもんは食えたけど、時には駐車場の隅の車の影で即席ラーメン作って昼食にしたりなんつーことも。各地の郷土料理を食わせてくれるような高価(そう)なトコんなんて行った記憶は・・・ありませーん。でも家で食うのと違って、自然の中で食べりゃーなんでも美味かったよ。いや、思い出の美化か?
そうは言ってもさぞや楽しい旅行・・・かと言えば、自分はあんま喋らん子供やったし、親父も寡黙な方やったから、笑いが絶えんどころか、話しが弾んだ・・・なんちゅうこともあんまなかった気がする。後部座席の姉貴はよく寝とったし。
でも、もう行きたくなーい・・・なんて思ったことはなかった。車に乗ってどっかに行くことだけでもワクワクやったし (それは今でもそう)、各地の名所や雄大な景色を観られたし、やっぱいい思い出。よう毎年毎年連れてってくれたよなって感謝したいくらい。俺も絶対、自分の子供を・・・となれんのはご愛嬌 (親にしてみれば大問題)。

